歴史事実委員会のデマ広告「Yes, We remember the facts」

お笑い系プロパガンダ集団『歴史事実委員会 歴史事実委員会』が2007年のデマ広告『[THE FACTS]]*1』の失敗に懲りず第二弾『Yes, We remember the facts.』とやらをアメリカの地方紙に掲載したらしい。

2012.11.7 慰安婦問題で米紙に意見広告 強制連行裏付ける資料なし - MSN産経ニュース 慰安婦問題で米紙に意見広告 強制連行裏付ける資料なし - MSN産経ニュース


 作曲家のすぎやまこういち氏やジャーナリストの櫻井よしこ氏ら有識者でつくる「歴史事実委員会」は6日、米ニュージャージー州の地元紙「スター レッジャー」(約37万部)に4日付で慰安婦問題に関する意見広告を掲載したと発表した。日本軍による強制連行を裏付ける資料はなく、発見された公文書に よれば強制募集や誘拐を禁じていたと訴えている。
 民主党松原仁拉致問題担当相や自民党安倍晋三総裁ら国会議員38人も賛同者として名を連ねた*2
(以下略)


この意見広告は、日本政府が1992年からすでに20年間、国外に向けて謝罪した根拠として掲げてきた河野談話*3で認めた強制性すら否定するトンデモな内容になっている。日本の国際社会での信用を失わせる広告に、次期総理と有力視されている安倍晋三氏が名を連ねているのだから呆れ果てます。


こちらが問題の意見広告。
『Yes, We remember the facts.(我々は事実を憶えている)』

PDFファイル:http://sakura.a.la9.jp/japan/wp-content/uploads/2012/11/Committee-for-Historical-Facts-Proof.pdf


内容は、前回の2007年『THE FACTS』のFACT 1、FACT 2 をそのままコピペして、FACT 5 にあった「1945年、占領軍当局が日本政府に対し慰安所を設置するよう要請していた」との捏造を削除しFACT 3 に差し替えてあるだけです。

すでに『THE FACTS』のウソは、書籍なら吉見義明『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(岩波書店 、2010年)、ウェブ上なら『「事実委員会」全面公告を批判する - 従軍慰安婦問題を論じる 「事実委員会」全面公告を批判する - 従軍慰安婦問題を論じる』において明らかにされていますが、改めてそのデタラメぶりを批判していきます。


Fact 1の対訳。

Yes, We remember the facts.
我々は事実を憶えている
Fact 1
事実 1
No historical document has ever been found by historians or research organizations that positively demonstrates that women were forced against their will into prostitution by the Japanese army. A search of the archives at the Japan Center for Asian Historical Records, which houses wartime orders from the government and military leaders, turned up nothing indicating that women were forcibly rounded up to work as ianfu, or comfort women."
日本軍によって女性たちが、自らの意思に反して売春を強制されたことをはっきりと示す歴史文書は、これまで歴史学者や調査機関によって1つも発見されていない。当時の政府や軍指導者からの戦時の命令を保管しているアジア歴史資料センターでのアーカイブ検索で、女性を強制的に拉致し慰安婦として働かされたことを示す文書は一つとしてないことが明らかになった。
On the contrary, many documents were found warning private brokers not to force women to work against their will
Army memorandum 2197, issued on March 4, 1938, explicitly prohibits recruiting methods that fraudulently employ the army's name or that can be classified as abduction, warning that those employing such methods have been punished.
逆に、女性をその意思に反して強制して働かせることのないよう民間業者に警告する文書が多数発見された。
1938年3月4日に出された陸軍通牒(Army memorandum 2197)では、軍の名を不正に利用した募集方法や誘拐に類する募集方法を明確に禁止しており、そのような募集方法を使った業者はこれまでと同じように厳罰にすると警告している。

(以下略)


女性たちが「自らの意思に反して売春を強制された」スマラン事件の「公文書」*4を無視して、「女性を強制的に拉致し慰安婦として働かされたことを」日本の裁判所が事実認定*5していることを無視して、拉致・誘拐され“慰安”婦になることを強要されたことを裏付ける被害女性や日本軍将兵の多くの手記や証言など口述資料*6を無視して等、多くの事実を隠蔽したうえで狭く「日本の公文書」だけに限定し、さらにその解釈を歪曲しているのがこの意見広告です。


具体的にどういうウソが書かれているか見ていくと、まず「陸軍通牒(Army memorandum 2197)」となっている箇所は正確には『軍慰安所従業婦等募集に関する件』(以下、副官通牒と記す)という資料です。吉見義明教授が発見し、軍の関与を示す資料として1992年に朝日新聞で大きく報道されたものです。

どう書かれているか、わかりやすいよう、カタカナと一部漢字をひらがな表記に変え全文を載せてみます。

1938年3月4日 軍慰安所従業婦等募集に関する件 
起元庁(課名)兵務課   陸支密
副官より北支方面軍および中支派遣軍参謀長宛通牒案

支那事変地における慰安所設置のため内地においてこれが(これの)従業婦等を募集するに当り ことさらに軍部諒解(りょうかい)などの名儀を利用し ために軍の威信を傷つけ かつ一般民の誤解を招くおそれあるもの あるいは従軍記者、慰問者などを介して不統制に募集し社会問題を惹起するおそれあるもの あるいは募集に任ずる者の人選適切を欠き ために募集の方法、誘拐に類し警察当局に検挙取調を受けるものあるが少なからざるについては、 注意を要するものなど募集に任ずる人物の選定を周到適切にして 派遣軍において統制し これらの募集などに当っては 将来関係地方の憲兵および警察当局との連繋を密にし その実施に当たっては軍の威信保持上ならびに社会問題上遺漏なきよう配慮相成たく依命通牒す

昭和13年3月4日 陸支密第735号


この資料・副官通牒は、陸軍大臣杉山元の委任を受けて出された「依命通牒」であり、1938年3月4日に陸軍省から北支方面軍・中支派遣軍あてに出された指示文書です。
意見広告にある「民間業者に警告する文書」などではありません。


では陸軍省からの指示として何が書かれているのか。

  • 慰安婦の募集に際しては派遣軍が「統制」し業者の「選定を周到適切」にすること。
  • 募集実施に際しては関係地方の憲兵・警察との「連携を密に」すること。

の2つだけです。
どこにも意見広告にある、違法な業者を「厳罰にすると警告している」箇所や、「誘拐に類する募集方法を明確に禁止」している箇所などありません。


さらに意見広告では「軍の名を不正に利用した誘拐に類する募集…」と書かれている箇所がありますが原文の副官通牒では「ことさらに軍部諒解(りょうかい)などの名儀を利用し ために軍の威信を傷つけ…」です。業者が軍の名を「不正」に利用しているなどとは書いてありません。それもそのはずで、この業者はまぎれもなく軍から要請・指示され女性を集めていた業者だったからです。

この副官通牒をどう解釈すればいいかは、永井和教授が、1992年の政府調査で発見された資料と1996年に新たに発見された当時の警察資料を用い論文を公表しています。その中で次のように述べています。


一部抜粋

日本軍の慰安所政策について 日本軍の慰安所政策について


(※論文のなかの「副官通牒」とは「軍慰安所従業婦等募集に関する件」のこと。)


(前略)
 軍による陸軍慰安所の設置とその要請を受けた(業者による)慰安婦募集は警察にとってはにわかに信じがたいできごとであったことがよくわかる。上海総領事館警察か ら正式の通知を受け取っていた長崎県や、内務省から非公式の指示があった兵庫県大阪府は軍の要請による慰安婦募集活動であることを事前に知らされ、それ ゆえ内々にその活動に便宜をはかったのだが、何の連絡も受けていない関東や東北では、大内(貸座敷業者)の話はまったくの荒唐無稽事に聞こえたのである。
 軍が売春施設と類似の慰安所を開設し、そこで働く女性を募集しているとなどという話はそもそも公秩良俗に反し、まともに考えれば、とても信じられる ものではない。ましてそれを公然とふれまわるにいたっては、皇軍の名誉を著しく傷つけるにもほどがあると、そう群馬県警察は解した。大内は嘘を言って、 女性を騙そうとしたわけではない。真実を告げて募集活動をしたために、警察から「皇軍ノ威信ヲ失墜スルモ甚シキモノ」とみなされたのであった。
(中略)
 軍の慰安所政策(国家機関が性欲処理施設を設置・運営し、そこで働く女性を募集する)は、当時の社会通念からいちじるしくかけ離れたものであったうえ、そのことが府県警察のレベルにまで周知徹底されないうちに、業者のネットワークを伝って情報がひろがり、慰安婦の募集活動が公然と開始されたため、このような事態をまねいたのであった。この混乱を収拾して、軍の要請に応じて、慰安婦の調達に支障が生じないようにするとともに、地方の警察が懸念する「皇軍ノ威信ヲ失墜」させ、銃後の人心の動揺させかねない事態を防止するためにとられた措置が、警保局長通牒(内務省発警第5号)であり、それに関連して陸軍省から 出先軍司令部に出されたのが問題の副官通牒(陸支密第745号)だったのである。
(中略)
 副官通牒はこのような内務省警保局の方針を移牒された陸軍省が、 警察の憂慮を出先軍司令部に伝えると共に、警察が打ち出した募集業者の規制方針、すなわち慰安所と軍=国家の関係の隠蔽化方針を、慰安婦募集の責任者ともいうべき軍司令部に周知徹底させるため発出した指示文書であり、軍の依頼を受けた業者は必ず最寄りの警察・憲兵隊と連絡を密にとった上で募集活動を行えとするところに、この通牒の眼目があるのであり、それによって業者の活動を警察の規制下におこうとしたのである。
(以下略)


次のエントリではFact2の、女性を違法な方法で慰安婦にしようとした業者を警察が厳しく取り締まっていたというウソを批判する予定です。


参考文献