歴史検証よりイデオロギー優先の「NHK抗議運動」

前回のエントリ『NHKの大罪・Tシャツ(笑)とか、集団訴訟(笑)について。 - Transnational History』で、NHKの番組「JAPANデビュー」の第1回「アジアの“一等国”」に対する「事実を捏造するな」「極めて悪質な偏向番組」といった非難は、集団訴訟を扇動したチャンネル桜や原告らの方にこそ向けられるべき言葉である。と書いたところ、ブコメで、


「捏造という行為自体が批判されるべきで、イデオロギーで善悪をつけるべきではないと思う。」という意見をもらいました。(このブコメを付けたid:cake_holl1515氏は今日になってブクマを削除されたようですが、読んでもらいのでidコールを飛ばしておきます。)


この場合のイデオロギーは政治的(なものを含む)という意味で使われていると理解し、自分は、「「大罪」と大げさに断罪し訴訟を起こす程、捏造された箇所などありませんよ。この糾弾活動は完全に政治的なものです。/詳しくは後でブログで書きます。」と、レスをした。


つーこで、今回はNHKの番組を「捏造」と非難している側の言う「正しい歴史認識」というものが、いかに歴史的事実の検証という態度からかけ離れているか、そして、いかにイデオロギーまみれで政治的なものであるか、といったことを書いてみることにする。


まず、NHKを非難している側の台湾認識の代表的なものは小林よしのり氏の著書『台湾論』であり、そのもとになっている底本は黄文雄(こう ぶんゆう)氏の著書である。黄文雄氏の主張は、小林よしのり氏の『台湾論』の他、田母神俊雄氏の『田母神論文』、『マンガ嫌韓流』などで参考文献としてあげられている。


台湾独立派の黄文雄(こう ぶんゆう)氏について


Wikipediaに書かれている経歴によれば、黄文雄氏とは、台湾出身の評論家で、経済史研究者、専攻は西洋経済史。明治大学大学院政治経済学研究科西洋経済史学修士課程修了。台湾独立建国連盟・日本本部委員長。拓殖大学日本文化研究所客員教授。となっており、台湾史や近代史の専門家ではないことをまず確認しておきたい。さらに、あの維新政党・新風の講師も務めている人物でもある。


著書はこれまでに100冊以上もあるようで、Amazonで検索してみたが、

台湾は日本の植民地ではなかった (2005/12)
韓国は日本人がつくった (2005/5)
朝鮮半島を救った日韓併合 (2006/9)
満州国は日本の植民地ではなかった (2005/9)
日中戦争は侵略ではなかった (2005/10)
近代中国は日本がつくった (2005/7)
反日教育を煽る中国の大罪 - 日本よ、これだけは中国に謝罪させよ! (2005/1)
呪われた中国人 - “中国食人史”の重大な意味 (1990/9)
それでも中国は崩壊する (2008/10)

と、これまで日本の歴史研究者が実証を重ねてきた定説的解釈を否定するトンデモなタイトルと、中国脅威論を提唱する反中的なタイトルが並ぶ。


黄文雄氏の著書から見える台湾史の特徴とは


第一の特徴としては、「台湾は、九州や四国と同様に、日本内地の延長」であり、「日本の植民地ではなかった」と、台湾を日本の植民地ではなく完全な一地方として記述していることである。


第二の特徴としては、日本の台湾への関与が欧米の「植民地的搾取や虐殺」と無縁であった反面、大陸(中国)側の台湾関与こそそれであるとして、搾取や虐殺の主体を日本ではなく大陸としている点である。とりわけ、戦後の白色テロと呼ばれる恐怖政治での二・二八事件はその最たる例であると強調される。そればかりか日本の領有初期におきた「抗日武装闘争」は「匪賊」が行なったのにすぎず、「匪賊を英雄に祭り上げる」中国史では「歴史捏造」が行なわれていると非難される。*1


第三の特徴としては、中国の台湾への関与が「暴行・略奪」、更には、「不衛生・腐敗」を基調としてつづられる一方、日本の台湾への関与は全く逆の言葉でつづられていることである。「上下水道、電気、都市計画、殖産興業、教育と文化の普及など、台湾の近代化に貢献した日本人」がおり、彼らこそが「台湾をつくった日本人」であることが述べられていることである。


日本の一部の保守系文化人の自意識を満足させる、これほど好都合な歴史認識はないであろう。こうした歴史認識が、日本への抵抗を共通の歴史として認識しようとする大陸側の台湾史へのアンチテーゼとなっていることは明白である。さらに、台湾独立派は一種の見返りとして、日本の世論から台湾独立の支持を調達しているのである。


参考


このような学問的な定説よりも、政治的に対立している国へカウンターとしてイデオロギー優先の歴史認識に立てば、NHKの番組の内容が「極めて悪質な偏向」で「事実を捏造している」と映るであろう。ただし、そういったNHKへ向けられた非難というのは完全に鏡像になっているわけだが・・・


NHKへの抗議運動」の急先鋒を担っている「台湾研究フォーラム」会長・永山英樹氏などもその典型であり、id:bluefox014さんも「欺瞞的イデオロギーだだ漏れ」と批判している。


皇民化政策を「文明開化」と同一視する、「NHK抗議運動」のイデオローグ - クッキーと紅茶と(南京事件研究ノート)

伊原氏は、皇民化運動を「戦時下における治安確保」「戦時経済への協力」「南進の尖兵」といった、きわめて限定的な目的に基づく「戦う日本人との協力運動」と指摘しているわけだが、

永山氏はこれを「文明開化、殖産興業政策の下で不可避である」「住民の意識・生活改革運動」に同一化している。

どう考えても論理のすりかえというか欺瞞的イデオロギーだだ漏れ、だと思うのですが。


あわせて読みたい

「台湾をめぐっては、植民地支配の記憶が、その後の外省人の支配の記憶と干渉しあい、そのねじれがそのまま日本の歴史修正主義によって利用される局面が生まれたことにある。小林よしのり台湾論』はその典型であった。」
(「歴史学における想起と忘却の問題系」『歴史学の方法的転回』 p264 )

「小林氏が『台湾論』で描いている「台湾」は、ある特定の「日本人」にとって心地よい側面ばかりということである。つまり、「日本人」であることが心地よくなるために、かつて日本の植民地だった「台湾」をダシに使い、その心地よくなる「台湾」との対比によって、東アジアの別の地域・国に対する誹謗・中傷をおこなっている。」
(『小林よしのり 台湾論を越えて』 p9)

この指摘も重要かと。

「帝国という歴史のもたらした結果としての植民地をなぜ放棄しなければならないのか、という大きな思想的課題を突き抜けることなく、1945年の敗戦という、いわば「外圧」によって台湾や朝鮮を手放すことになった近代日本は、安易に「植民地問題」を「解決」したのだ、という歴史的経緯を繰り返し思い出さなければならない。」
(『日清・日露戦争 - シリーズ日本近現代史(3)』原田敬一 p240)

*1:一方、中華民族史観では、日本の統治時代の協力者は「奴隷化」された存在とみなされ、台湾独立を決して許さないという政治的なものと一体化させている。台湾独立派の台湾史とはこの裏返しである。