性奴隷の定義を無視し「慰安婦は性奴隷ではない」と叫んでも反論になってない
出典:上海派遣軍司令部編纂『日支事変 上海派遣軍司令部記念写真帖』1938年2月刊
1938年1月、正月早々、南京に開設された慰安所に巻脚絆(ゲートル)を外し並ぶ兵士たち
従軍慰安婦にされていた女性たちの実態が「“sex slave”性的奴隷」「“Sexual slavery”性的奴隷状態」であることは国際刑事裁判所ローマ規程や、国連の人権委員会で採択された文書の定義をみても否定できない事実なんだけど、日本国内では自分勝手に強制連行と結びつけたMy定義で否定するトンデモ論がはびこっています。
こんな感じです。
「強制連行を認めると、世界からは日本だけが特殊な性奴隷を活用したと評価されるのだ。」(2013年5月17日 橋下徹 Twitter*1)
「なぜ日本だけが性奴隷を活用していたと攻撃されるのか。それは日本だけが女性を強制連行していたとされているからだ。アメリカは、慰安婦を強制的な性奴隷と表現している。」(2013年5月17日 橋下徹 Twitter*2)
ようするに「強制連行の事実はない、それなのに強制連行して性奴隷にしたことにされている!これは不当だ!」といったレベルのものです。
また橋下徹氏は「なぜ日本だけが攻撃されるのか」などと怒っていますが、90年代の初めから旧ユーゴスラビア内戦、ルワンダ内戦での女性に対する暴力や性的奴隷化が問題にされ、その後も、ビルマ軍政下*3、グアテマラ戦時下*4、コンゴ東部*5などで女性たちが性奴隷状態にされていたことが問題にされています。そうしたことを知らないんでしょうかね。
んで、このレベルの否定論が大新聞である読売新聞、産経新聞などでも主張され(こちらの記事*6)橋下氏のツイッターと同様の理屈が展開されています。
これがいかにトンデモかは、以下の国際機関の性的奴隷の「定義」をみれば明らかです。
日本も締約国である国際刑事裁判所データベース及び解説に載せてある「性的奴隷の定義」の要旨
(英語原文と和訳は後述を参照)
- 「奴隷化すること」という用語については、従来から用いられてきた意味に限定されない。
- 人を「奴隷化すること」とは、人に対して所有権に伴ういずれか又はすべての権限を行使することをいい、人 ー特に女性及び児童ー の取引(人身売買)の過程でそのような権限を行使することを含む。
- 人を性的奴隷状態におくことは、奴隷化することの一形態であり、本人の自己決定権、移動の自由および本人の性的活動に関する事柄に対する決定権の制限を特徴とする。
- 性的奴隷という犯罪は、継続的に性行為を強要されることであり、最終的に強制的な性的活動に至る強制労働も含まれる。
- 性的奴隷状態とは、強制売春の形態のすべてではないにしても、その大部分を占める。
1998年、国連の人権小委員会で採択されたマクドゥーガル報告書の「性的奴隷の定義」の要旨
(英語原文と和訳および解説は『奴隷状態の定義 - 従軍慰安婦問題を論じる 』を参照)
- 奴隷制の定義は1926年の奴隷条約において明記され、その定義は「奴隷状態とは、所有権を伴う権力の一部もしくは全部が一個人に対して行使されている状況もしくは状態である」、レイプなどの性暴力の形態による性的接触も含む。
- 「性的(sexual)」という用語はこの報告書では奴隷制の一形態を説明する形容詞として使われており、別個の犯罪を示すものではない。あらゆる意味で、またあらゆる状況で、性的奴隷制は奴隷制である。性的奴隷制には、女性や少女が「結婚」を強要されるケースや、最終的には拘束する側から強かんなど性行為を強要される家事労働その他の強制労働も含まれる。
- 奴隷制という犯罪は政府の関与または国家の行為がなくても成立し、国家の行為者によるものであろうと民間の個人によるものであろうと、国際犯罪に相当する。さらに、奴隷制とは人を所有物として扱うことを指すが、その人が金銭で売買ないしは人身取引されていないという事実をもって無効となることは決してない。
- 奴隷制の定義には、自己決定権、移動の自由、自己の性活動に関する事柄の決定権の制限などの概念も内在している。個人的には被害を受ける相当の危険を犯して奴隷状態から逃げることができたとしても、それだけで、奴隷制ではないと解釈してはならない。
- 奴隷制にはまた、すべてではないとしても大半の形態の強制売春も含まれる。「強制売春」とは一般に、他人に支配されて性的行為を強要される状態を意味する。
- 原則として、武力紛争下では、強制売春と呼びうる実態はたいていの場合、性的奴隷制に相当する。
まとめると、
前借金という名の人身売買により身体を拘束され、自分のことを自由に決定する権利および移動の自由などが一部あるいは全部制限され、隷属状態で所有物として扱われる状態を奴隷状態と言います。人身売買の事実がなかった場合でも、最終的に慰安所のような拘禁施設で継続的に性行為を強要(強制売春)される状態ならば性奴隷状態と言います。
さらに「最終的に強制的な性的活動に至る強制労働も含まれる。」とありますが、1996年に、国際労働機関(ILO)の条約勧告適用専門家委員会は、慰安所での女性たちの状態が1930年の「強制労働条約 第29号」(日本政府は1932年に批准)に違反していると認定しています。
英字新聞などを読んでても、アジア、中東、アフリカにとどまらず、欧米などでも人身売買(Human Trafficking)によって売春をさせられていた女性を、強制売春(Forced prostitution)か性的奴隷状態(Sexual slavery)の被害者として表記するのは、わりと一般的なんじゃないでしょうかね。
で、強制連行の有無ってこの定義と何か直接、関係あんの?
参照
ICL Database & Commentary
国際刑事裁判所ローマ規程データベースおよび解説
http://www.iclklamberg.com/Statute.htm
(以下の条文の和訳は、外務省HP:和文テキスト「国際刑事裁判所に関するローマ規程」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty166_1.pdf による。脚注の和訳は翻訳家のid:Stiffmuscleさんによる。)
(以下、条文)
The Rome Statute
ローマ規程
Article 7 Crimes against humanity
第7条「人道に対する犯罪(人道に対する罪)」
1. 1項
(c) Enslavement;[24]
(c) 奴隸化すること[24]
(g) Rape,[28] sexual slavery,[29] enforced prostitution,[30] forced pregnancy,[31] enforced sterilization,[32] or any other form of sexual violence of comparable gravity;[33]
(g) 強姦[28] 、性的な奴隸(性的奴隷状態)[29] 、強制売春[30]、強いられた妊娠状態の継続[31] 、強制断種[32]、その他あらゆる形態の性的暴力であってこれらと同等の重大性を有するもの[33]
2. 2項
(c) "Enslavement" means the exercise of any or all of the powers attaching to the right of ownership over a person and includes the exercise of such power in the course of trafficking in persons, in particular women and children;
(c)「奴隷化すること」とは、人に対して所有権に伴ういずれか又はすべての権限を行使することをいい、人 ー特に女性及び児童ー の取引(人身売買)の過程でそのような権限を行使することを含む。
(以下、脚注の解説)
(奴隸化すること[24])
[24] The term "enslavement" should not be limited to its traditional sense. According to article 7(2)(c) enslavement means the exercise of any or all of the powers attaching to the right of ownership over a person and includes the exercise of such power in the course of trafficking in persons, in particular women and children.
[24] 「奴隷化すること」という用語については、従来から用いられてきた意味に限定すべきでない。
7条2項(C)において、奴隷化することとは、「人に対して所有権に伴ういずれか又はすべての権限を行使することをいい、人(特に女性及び児童)の取引(人身売買)の過程でそのような権限を行使することを含む」と記述されている。
(性的な奴隸(性的奴隷状態)[29] )
[29] Sexual slavery is particular form of enslavement which includes limitations on one's autonomy, freedom of movement and power to decide matters relating to one's sexual activity. Thus, the crime also includes forced marriages, domestic servitude or other forced labor that ultimately involves forced sexual activity. In contrast to the crime of rape, which is a completed offence, sexual slavery constitutes a continuing offence.
In Katanga and Chui, Decision on the confirmation of charges, 30 September 2008, para. 431, PTC I held that "sexual slavery also encompasses situations where women and girls are forced into 'marriage', domestic servitude or other forced labour involving compulsory sexual activity, including rape, by their captors. Forms of sexual slavery can, for example, be practices such as the detention of women in 'rape camps' or 'comfort stations', forced temporary 'marriages' to soldiers and other practices involving the treatment of women as chattel, and as such, violations of the peremptory norm prohibiting slavery."
[29] (人を)性的奴隷状態におくことは、奴隷化することの一形態であり、本人の自己決定権、移動の自由および本人の性的活動に関する事柄に対する決定権の制限を特徴とする。このことから、性的奴隷という犯罪は、最終的に強制的な性的活動に至る強制結婚、家庭内使役または強制労働も含まれる。
レイプという犯罪では、犯罪行為が既に完遂されているのとは対照的に、性的奴隷状態では犯罪行為は継続中である。(コンゴの)カタンガ案件及びチュイ案件に対して、(国際刑事裁判所の)PTCI(Pre-Trial Chamber I: 予審第一法廷)が2008年9月30日に行った嫌疑の確認の決定(decision on the confirmation of charges )の431段落において以下のように明言している。「性的奴隷には、女性や未成年女性がその捕獲者によって強制的な性的活動を含む『結婚』、家庭内使役またはその他の強制労働を強いられている状態も含まれる。
性的奴隷状態の形態には、例えば、『レイプセンター』や『慰安所』内での女性の拘禁、将兵との一時的な強制『結婚』、または女性を所有物として扱うその他の慣習も含めることができ、それ自体が人を奴隷状態に置くことを禁じた強行規範に違反している。」
(強制売春[30])
[30] It is argued that sexual slavery encompasses most, if not all forms of forced prostitution. In comparison with rape and sexual slavery, enforced prostitution can either be a continuing offence or constitute a separate act.
[30] 性的奴隷状態とは、強制売春の形態のすべてではないにしても、その大部分を占めることが明らかになっている。
強姦や性的奴隷と異なり、強制売春は、継続中の犯罪である場合もあれば、法律が別途存在する場合もある。
(強調は引用者)
*1:Twitter / t_ishin: 日本の知識人よ。慰安婦問題に関して、目を覚ませ。強制連行の有 ...
*2:Twitter / t_ishin: 日本をはじめ世界各国が戦場の性において、女性を活用し、重大な ...
*4:グアテマラ|かつて性奴隷にされた女性たちが証言台に立つ |IPS Japan
*5:国連:コンゴ東部で大量の虐殺や強姦 止めるための行動を | Human Rights Watch
*6:「欧米諸国では、慰安婦を「性奴隷」(sex slave)と表現するケースが目立つ。この表現は、92年に慰安婦問題が外交問題化した際、「強制連行」だったとの記事や証言(その後信ぴょう性は否定)が出回ったため、「売春婦」(prostitute)とは異なるとして広まったとされる。(2013年5月21日 読売新聞)」橋下氏が慰安婦発言の撤回を拒否する理由 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)