教科書が教えない歴史、日本軍「慰安婦」問題について

(タイトルには皮肉が含まれております。火傷に注意。)

日本軍「慰安婦」問題。いまこの問題は「日本人」の中で忘れ去られようとしているようにみえます。
もちろんぼくも含めてのことです。なぜなら、ぼくもこれから先どう考えたらいいのか、よくわからなくなって避けていたからです(^ω^;)


慰安婦問題という問い - 東大ゼミで「人間と歴史と社会」を考える  編集:大沼保昭、岸俊光

慰安婦問題という問い―東大ゼミで「人間と歴史と社会」を考える慰安婦問題という問い―東大ゼミで「人間と歴史と社会」を考える
大沼 保昭

勁草書房 2007-08-08
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そんなときに読んだ本です。本書を読んでみて、歴史というのは過去の事実をただ事実として確認するだけではなく、過去を通して学べることはもっとたくさんあるんだな。てか、過ぎ去ってさえいないんじゃないの。なんてことを、いろいろ考えさせられました。


それは本書の編集者側の狙いでもあったようで、「はじめに」のなかで「本書に接することによって読者が『慰安婦』問題という問題を知り、自分自身の問題として受け止め、それを通して人間とはなにか、歴史とはなにか、社会とはなにか、という問題を考え、さらに『慰安婦』問題といった社会問題を考え、それに関わって行動することの意味を考えていただければと思う。」と書いている。狙い通りの読者だったようだ…


さて、本書は大沼保昭氏が2004年4月から2005年3月までの約1年間、毎日新聞記者の岸俊光氏と外務省の小原雅博氏の協力を得ておこなった、東京大学の法学部と公共政策大学院の合併ゼミ「『慰安婦』問題を通して人間と歴史と社会を考える」のなかで、以下の視点や意見の違う学者、政治家、行政官方などの講師陣を招き、その講演と質疑応答をまとめたものである。

具体的な講師陣の方々(元「慰安婦」の方を含む)を、本書p9〜p11から抜粋すると、


和田春樹(東京大学名誉教授[ロシア史、韓国・朝鮮問題]。アジア女性基金呼びかけ人・理事・運営審議会委員)


中嶋滋(連合国際局長。一九九五−九九年にアジア女性基金の運営審議会委員として韓国の被害者への償いに従事)、


臼杵敬子(「戦後責任をハッキリさせる会」代表。韓国の元「慰安婦」の介護・支援に従事し、基金の償いの実施に協力・従事)


秦郁彦日本大学講師[日本現代史]。『諸君!』や『慰安婦と戦場の性』などで元「慰安婦」 への補償論に批判的な立場から「慰安婦」問題を論じた)


高崎宗司(津田塾大学教授[日朝関係]。アジア女性基金の運営審議会委員(長) としておもに韓国の被害者への償いに従事)


横田洋三 (中央大学教授[国際法]。初代アジア女性基金の運営審議会委員長。国連人権促進保護小委員会委員として国連で「慰安婦」問題が論議される現場に居続けた)


上野千鶴子 (東京大学教授[社会学]。フェミニズムの代表的論客。日本政府とアジア女性基金に対して批判的立場をとった)


申恵●*1 シンヘボン青山学院大学法学部助教授[国際法・人権法]。国際人権法の観点から国家補償論を主張し、日本政府とアジア女性基金に批判的な立場をとった)


谷野作太郎(元中国大便。村山内閣の時に内閣官房外政審議室長として「慰安婦」問題への政府の政策の実務を担当する中心的地位にあった)


長谷川三千子埼玉大学教授[哲学]。『諸君!』『正論』などでフェミニズム批判を展開してきた)


アジア女性基金事務局員(原田信一氏はおもに韓国、松田瑞穂氏はおもにフィリピン、岡檀氏はおもに台湾、間仲智子氏はおもにオランダとインドネシアの償いに従事)


下川正晴(毎日新聞記者。「慰安婦」問題が社会問題化した当時ソウル特派員だった)


本田雅和朝日新聞記者。国家補償論の立場から日本政府・アジア女性基金を厳しく批判する報道を展開した)


石原信雄(元内閣官房副長官。宮沢内閣など、七人の首相の官房副長官として「慰安婦」問題にもかかわり、二〇〇〇年以降アジア女性基金副理事長)


沈美子 シンミジャ(元「慰安婦」。日本政府の謝罪や元「慰安婦」 のための病院の建設などを主張した)


村山富市アジア女性基金による償いを決断した自社さきがけ連立政権の首相。原文兵衛初代理事長の逝去後、二〇〇〇年から基金の第二代理事長)


吉見義明(中央大学教授[日本現代史]。「慰安婦」制度に軍が関与していた史料を発掘。国家補償論の立場から一貫して日本政府を批判する主張を展開した)


といった多才な顔ぶれになっているわけですが、、掲載されているのは紙幅の制約上、1章から7章まで、
1、和田春樹  「歴史家は「慰安婦」にどう向き合うのか」
2、秦郁彦   「事実を確定するのが歴史家の任務」
3、吉見義明  「性暴力を生む構造こそ問題」
4、上野千鶴子 「歴史の再審のために」
5、長谷川三千子「いまの常識で歴史を裁いてはいけない」
6、石原信雄  「河野談話はこうしてできた」
7、村山富市  「これからのアジアを考えるために」
となっており、それ以外の講師陣の方々(元慰安婦の方の証言を含む)については7章以降に岸氏が要約で伝えるというかたちをとっています。通読してみると講師陣の講演もさることながら、それに対する質疑応答がなかなか読み応えありかと。


んで、引用したい箇所はいくらでもあるんだけど、今日は非常に頭の中に残った上野千鶴子氏の講演での発言の一部を紹介します。


その前にまず基礎的なお話を少し。


日本軍「慰安婦」というのは、戦争にいった日本人(軍属を含む)なら基本的に全員その存在をを知っていまいた。でも、80年代ごろまでは元「慰安婦」の方が現れて保障を要求するなんてことは、ほとんどの人が考えていなかったわけです。


では、なぜ証言が出てきたのか。韓国で最初に元慰安婦の方が名乗り出たのは1991年の金学順さんですが、90年代前半というのは国際的にも冷戦体制の崩壊があったり、アパルトヘイト政策の撤廃が宣言されたりと、国際的にも人権意識が高まった時期であったわけです*2。本書では上野千鶴子氏の講演「なぜ証言が出てきたのかp110〜p112」「韓国女性運動の三つの要因p113〜p114」でそれ以外についても、韓国国内で80年代の段階ですでに韓国内で名乗り出る準備が市民レベルであったことや、軍事独裁政権に反対した女子学生たちが性拷問の被害者であると告発したなど具体的な説明がされています。さらに挺対協の取り組みに最初からナショナリズムが組み込まれていたことについても説明がされます。


次に、韓国というのはもともと貞操観念が日本以上に強いところで、当初は元慰安婦の方々に「恥さらし」という言葉が浴びせられてきた歴史があります。(いまでもそういう言葉を浴びせる人が一部にはいるそうですが)。


最近も12月23日付、朝日新聞の記事に、当時の状況がよく現されているこんな記述がありました。


2009年12月23日 戦時徴用の年金手当たった99円 元朝鮮挺身隊女性に(2/3ページ)
http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY200912220535_01.html

終戦を迎え、故郷へ帰ると、いわれなき中傷を浴びた。挺身隊は「慰安婦」と混同されていた。日本にいたことをひた隠す暮らしがしばらく続いた。

(この背景には、戦前、韓国では女子勤労挺身隊に動員されると「慰安婦」にさせられるという噂が広まっていたということがありそうです。)


それでは、本書p115とp110〜112から上野千鶴子氏の講演での発言を紹介します。

女は被害を受けたと言えなかった(本書p115)


そのなかで、この 「慰安婦」問題をどうとらえるかということが議論になりました。くりかえしになりますけれど、わたしにとってショックだったのは、事実がどうであったかということ以上に、それがどのようにとらえられてきたかということでした。そのとらえ方がこんなに短期間に変わったのです。というのは金字順さんたちが登場した当時、家父長制言説、つまり、「性暴力を受けるのは女の恥だから、自分が被害を受けたこと自体が恥ずかしいことなのに、しかも恥を受けて生き延びている上に、それを口にするなど、まして恥知らずである」という見方が通用していたからです。それだけでなく、韓国人の男性にとっては、「自分の所有物である自国の女の貞操を守りきれなかった」という、民族的無力の表れというとらえ方もありましたから、自分たちの女の口から性暴力を受けたと言い出すこと自体が、男に恥の上塗りをさせることになる。「身内からそういうことを言い出す女を防ぎきれなかったこと自体、女をコントロールできなかった韓国の男の恥だ。それ以前に、自分の女を他国の男に奪われたことそのものが韓国の男の恥だ」という見方がありました。こういうところでは、女が自分は被害者だと言いだせないのはあたりまえのことです。
(以下略)

慰安婦」を抑圧する構造(本書p110.112)


 わたしは一九九一年に金字順さんたちの証言を知ったときに、本当にボディ・ブロウを受けたような、すごいショックを受けました。そのショックのなかには、それまでなぜこういうことに無知だったのかという驚きだけでなく、これは過去の問題ではなく現在に属する問題だと思ったことが、わたしがこのあとこの間題にかかわる非常に強い動機になりました。なにがショックだったのかというと、事実だけでなく、その事実が半世紀にわたる沈黙によって隠蔽されてきたことのショックです。半世紀にわたる沈黙は、現在進行中の継続している事実でしたから、金学順さんの証言は氷山の一角に過ぎません。その背後に、沈黙を続けている数多(あまた)の女たちがいることでしょう。となれば、この沈黙を強いている加害者のなかに、わたし自身がいるわけです。これはたんに戦時下における被害の補償だけではなく、戦後半世紀にわたって継続してきた抑圧に対する告発である、しかもずっと続いている現在の抑圧に対して、わたし自身にも責任があるという気持ちでした。


 ですから、「慰安婦」問題を語るとは、過去を書き直す以上に、現在を作り変えるということと結びつかざるをえない。みなさんもよくご存じの通り、日本人「慰安婦」たちの証言は、例外を除いて、現在にいたるまでありません。そうなると、その人たちを沈黙させている抑圧的な権力の側に、わたしもいることになります。みなさん方はわたしより一世代も二世代も若いですけれど、この授業がたんなる歴史の勉強だと思わないでほしいんですね。自分たちの作り上げている現在が、加害の構造を維持し、かつそれを再生産し続けている、その加担者のひとりだということを自覚していただきたいと思います。


朝鮮人慰安婦賠償要求デモを粉砕!IN参議院会館前

*1:変換できない。

*2:「そいう社会では被害者が名乗り出ることもできませんでした。ところが、韓国でも民主化運動の進展のなかで女性の権利に対する認識が高まり、被害者が名乗り出る環境ができたわけです。」(シンヘボン、本書p254)