「慰安所」は強姦を防止した人道的な制度?

あるブログで従軍慰安婦についてこんな主張がされていた。

慰安所を設置していたのは戦場で兵士が現地の女性を強姦することがないようにするためのいわば人道的な制度です。


(Blog「真実が知りたい、真実を知って欲しい」http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-63.html

ここまで歴史オンチで全肯定的ではないにしても、軍慰安所を強姦防止に役に立ったと「必要悪」として容認したり、正当化する言説はこれまで何度も見たことがあるので、こうした見方の誤りを批判しておきたい。


そもそもなぜ日本軍「慰安所」は設置されたのか?

慰安所」はなぜ設置されたのか。その目的の1つに強姦防止があげられてきたのは周知のことである。よく知られている北支那方面軍参謀長岡部直三郎の1938年6月27日「通牒」ほか、当時の軍関係資料にもそれは示されている。これら公表された資料に見られるように、日本軍による強姦防止という目的は、女性の人権保護という普遍的な価値観にもとづくものではなく、反日感情の醸成を防ぎ、かつ兵士を性病から守るという、軍の作戦遂行のためであった。


『黄土の村の性暴力−大娘たちの戦争は終わらない』創土社 、2004年、p241、
第二部:論文「山西省の日本軍「慰安所」と盂県の性暴力」石田米子・内田知行より


引用で言及されている1938年6月27日の北支那方面軍参謀長岡部直三郎の「通牒」とは有名な文書で「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件」という通牒のことである。そのなかでは指揮下の数十万の各部隊に慰安所設置を次のように指示している。

「……諸情報によるに斯の如き強烈なる反日意識を激成せしめし一原因は各所に於ける日本軍人の強姦事件が全般に伝播し実に想像外の深刻なる反日感情を醸成せるに在りと謂う……古来軍隊の略奪強姦行為に対する反抗熾烈なるが特に強姦に対しては各地の住民一斉に立ち死を以て報復するを常としあり……従て各地に頻発する強姦は単なる刑法上の害悪に留らず治安を害し軍全般の作戦行動を阻害し累を国家に及ぼす……右の如く軍人個人の行為を厳重取締ると共に一面成るべく速に性的慰安の設備を整え設備の無きため不本意乍ら禁を侵す者無からしむを緊要とす」


『政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料』第二巻
歩兵第9旅団陣中日誌「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件」
PDFページ番号23〜26/349
http://www.awf.or.jp/pdf/0051_2.pdf


もう少し補足しておくと、日本軍の「慰安所」が一気に大量設置されるようになるのは1937年末頃からである。主な理由のひとつは上記で指摘されてるように、1937年7月に日中戦争が開始され皇軍将兵が大量に動員されたことで強姦が多発し軍の占領政策に支障をきたすと判断したためである。


慰安所」設置は強姦防止に効果があったのか?


1939年に中国から帰国した精神科医で陸軍の軍医だった早尾乕雄中尉は軍医部と軍法務部から依頼され『戦場に於ける特殊現象と其対策』(1939年6月)という報告論文をまとめ提出している。
そのなかの「私欲と強姦」という項目には次のように書かれ、慰安所設置が強姦防止に役に立っていなかったことが示されている。

『戦場に於ける特殊現象と其対策』1939年6月

「出征者に対して性欲を長く抑制せしめることは、自然に支那婦人に対して暴行することとなろうと、兵站は気をきかせ中支にも早速に慰安所を開設した。その主要なる目的は性の満足により将兵の気分を和らげ、皇軍の威厳を傷つける強姦を防ぐのにあった。……それでも地方的には強姦の数は相当にあり、亦(また)前線にも是(これ)を多く見る。……内地では到底許されぬことが、敵の女だから自由になるという考えが非常に働いているために、支那娘を見たら憑(つ)かれたようにひきつけられて行く。従って検挙された者こそ不幸なんで、陰にはどれ程あるか解らぬと思う。……部隊長は兵の元気をつくるに却(かえ)って必要とし、見て知らぬ振りに過ごしたのさえあった位である。……日本の軍人は何故に此の様に性欲の上に理性が保てないかと、私は大陸上陸と共に、直ちに痛嘆し、戦場生活1ヶ年を通じて終始痛感した。然(しか)し、軍当局は敢(あえ)て是を不思議とせず、更に此の方面に対する訓戒は耳にしたことがない。……軍当局は軍人の性欲は抑える事は不可能だとして、支那婦人を強姦せぬ様にと慰安所を設けた。然し、強姦は甚だ旺(さか)んに行われて、支那良民は日本軍人を見れば必ず是を怖れた。 将校は率先して慰安所へ行き、兵にも是をすすめ、慰安所は公用と定められた。心ある兵は慰安所の内容を知って、軍当局を冷笑して居った位である。然るに、慰安所へ行けぬ位の兵は気違いだと罵(ののし)った将校もあった。」


吉見義明『従軍慰安婦岩波新書、1995年、p45.46より


さらに歴史学者の吉見教授は慰安婦制度の問題点をこう指摘している。

慰安婦制度とは、特定の女性を犠牲にするという性暴力公認のシステムであり、女性の人権をふみにじるものである。一方で性暴力を公認しておきながら、他方で強姦を防止するということは不可能であり、当然ながら、強姦事件を防止する本質的解決に結びつくはずもなかった。


吉見義明『従軍慰安婦岩波新書、1995年、p44より

そして性暴力被害者への聞き取り調査のため現地を何度も訪れてまとめた、次の報告書の指摘も鋭いだろう。

慰安所」と強姦とは単に、「兵士の性欲処理」のために相互に補完し合ったというものではない。軍紀によっても抑止できない強姦があるから「慰安所」ができるのであり、「慰安所」があることによってさまざまなかたちの強姦が蔓延するという関係にあった、と見るべきであろう。


『黄土の村の性暴力−大娘たちの戦争は終わらない』創土社 、2004年、p263、

第二部:論文「山西省の日本軍「慰安所」と盂県の性暴力」石田米子・内田知行より


参考文献