NHK・JAPANデビュー 第1回「アジアの“一等国”」の説明・追加 7/22

NHKが4月5日に放送したNHKスペシャルJAPANデビューの第1回「アジアの“一等国”」の追加説明を7月22日に番組ホームページ上で公表しています。こちらでも転載して紹介させてもらいます。


平成21年7月22日
「アジアの“一等国”」についての説明・追加
http://www.nhk.or.jp/japan/asia/090722.html
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平成21年7月22日
シリーズ・JAPANデビュー 第1回「アジアの“一等国”」に関しての説明・追加


さる平成21年6月17日、NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー」第1回「アジアの“一等国”」に関しての説明を、番組のホームページ上で公開しました。この「説明」によって、NHKの取材・制作姿勢、事実関係や用語などについて、よく理解できたというご意見をいただきました。一方で、いまだに誤った情報に基づいたご意見やご批判もあります。特に、「人間動物園」という用語、そしてパイワン族の方々への取材について、中には誹謗中傷、歪曲ともいえる誤った情報も流布しています。
そのため、以下にまず「人間動物園」について追加の説明をいたします。それに続いて、前回の「説明」ではふれなかったパイワン族の方々への取材、インタビューについて新たに説明させていただきます。なお、それぞれ、代表的な批判に答える形で説明いたします。


1、人間動物園


(1)「この用語は当時使用されていない。後の時代の学術用語、もしくはNHKの勝手な造語である」


1870 年代以降、野生動物商人のドイツ人、カール・ハーゲンベックが、パリやロンドン、ベルリンなどヨーロッパ各地の動物園で、人間の「展示」をおこない、大人気を博します。例えば、パリの「JARDIN D’ACCLIMATATION (馴化園)」という動物園では、1870年代から1910年代にかけて、植民地統治下の諸民族を園内で生活させ、その様子を客に見せ、動物園の呼び物としていました。こうした動物園の中での人間の「展示」が、博覧会などで植民地の諸民族の生活を見せる「人間動物園」につながります。ハーゲンベックの回想録や本人の書簡などの中に、つぎのような言葉が使われています。

1. anthropologisch-zoologische Schaustellung
2. anthropologisch-zoologische Ausstellung

上記のドイツ語が、英語では「anthropozoological exhibition」、フランス語では「exposition anthropozoologique」となります。
こうしたドイツ語や英語、フランス語を、番組では「人間動物園」と訳しました。
なお、『博覧会の政治学』(中央公論社1992年)の中で、「人間動物園」という言葉が使用されています。この言葉は、19世紀後半から20世紀初めの欧米の資料をもとに、著者の日本人研究者が記述したものです。


(2)「パイワン族日英博覧会で差別や虐待を受けていない。土俵入りなど他の余興と同様の扱いで、見せ物ではない。パイワン族は皆、英国から喜んで帰ってきた」


「人間動物園」とは、西洋列強が、植民地の人間を文明化させていることを宣伝する場所でした。当時の列強には、「一等国」として「文明化の使命」を果たしているという意識がありました。「すべての人種は等級づけることができ、ある人種は他の人種よりも動物に近い」という社会進化論の思想が支配的でした。


植民地研究の権威で、日本の台湾統治も長年研究してきたスタンフォード大学客員教授のマーク・ピーティー氏は、「日本にとって、台湾は、世界の植民地大国に対して、自らの統治能力を見せるショーケースのようなもの」と述べています。台湾領有から15年後に開催された日英博覧会は、日本にとって統治の成果を世界に示す絶好の機会でした。つまり、「化外の地」ともいわれ、一部に首狩りの風習もあった台湾を徐々に文明化させていることを示す必要があったのです。


イギリスやフランスは、被統治者の日常の起居動作を見せ物にすることを「人間動物園」と呼んでいました。日本は、イギリスやフランスのこうしたやり方をまねてパイワン族の生活を見せました。台湾大学人類学系副教授の胡家瑜氏は、『博覧会と台湾原住民』と題した論文(2005年)で次のように記しています。「台湾原住民の関連展示については、国際博覧会の場合、欧米の諸工業国の見学客を対象にしているため、原住民の野蛮と遅れた一面を強調し、それとの対比によって日本が東洋文明の優等生であり近代化の能力も持つ国であることを明示した。日本は博覧会を利用して、自らの国際的地位の向上を図りつつ、さらには日本植民統治の合法性と正当性にもつなげようとした」。


パイワン族の人たち自身が当時どう受け止め、感じたかということは、「人間動物園」の事実を左右するものではありません。こうしたことは台湾の方々にとっても心地よいことでないことはもちろんですが、番組は当時の状況の中でおきた事実としてあくまでも客観的に伝えたものです。


(3)「日本人の農民も展示され、パイワン族の人びとと同様に見せ物にされていた。パイワン族だけが特別ではない」


日本人農民の場合は、日本の文化や物産、仕事などを紹介するものですが、統治下にある異民族については、日本の植民地統治の成果を示すことが目的でした。


日本国内では、日英博覧会の7年前、1903(明治36)年、大阪で開催された第5回内国勧業博覧会において、「台湾生蕃」や「北海道アイヌ」を一定の区画内に生活させ、その日常生活を見せ物としました。この博覧会の趣意書に「欧米の文明国で実施していた設備を日本で初めて設ける」とあります。当初、清国や沖縄などの人びとについてもその生活の様子を見せる予定でした。しかし、清国や沖縄から中止を求める強い抗議がおこります。駐日清国公使からは「支那風俗として、支那人の亜片を喫し、及同婦人の纏足せる状態を為さしめ、一般来観者に縦覧せしむるの計画(中略)支那人に取りては、侮蔑を蒙りたるの感を惹起候」と日本政府に対して申し入れがあり、清国人については開館前に中止になります。また、沖縄でも「台湾の生蕃、北海(道)のアイヌ等と共に本県人を撰みたるは是れ我を生蕃アイヌ視したるものなり」(琉球新報)として抗議が繰り広げられ、こちらは会期中に中止されます。いわゆる「wikipedia:人類館事件*1」です。「台湾生蕃」や「北海道アイヌ」については中止されず、こうした展示方法は大正期の「拓殖博覧会」や1910年の「日英博覧会」に引き継がれます。


1911(明治44)年1月25日、帝国議会立憲国民党の蔵原惟郭(くらはらこれひろ)は、パイワン族の展示をロンドンで自ら確認した上で批判します。蔵原は、「後藤逓相その他台湾に関係あったところの人は、是等に付ては何と考えられるのであるか、苟も人間たる ― 実に此我国同胞たるところの土人を、観覧料を取って見世物の料に供せしめたと云うことは甚しき私は人道上に於ける大失態である、我政府が、之を黙認したと云うことは、最も悲しむべき失態ではないかと信ずる」と発言しています。前回の「説明」で紹介した長谷川如是閑の「観客が動物園に行ったように小屋を覗いている様子を見ると、これは人道問題である」という新聞記事もそうですが、当時から、パイワン族の展示を重大な人道問題としてとらえる人たちもいました。


2、パイワン族の方々への取材


(1)「NHKはパイワン族の子孫に『人間動物園』の説明をせず、取材意図を明らかにしないまま、インタビューしている」


日英博覧会の取材を進める中で、博覧会に行ったパイワン族の子孫に会うことができました。その子孫である許進貴さん(兄)と高許月さん(妹)には、まず「父親たちパイワンの人たちが、イギリスに連れて行かれ、博覧会で見せ物になった」ことを説明し、その後、博覧会で撮影された写真を提示しながらインタビューを行っています。


(2)「高許月さんの『悲しい』という言葉は『懐かしい』という意味である。高許月さんは『亡くなってもういない父親の写真を見て、懐かしい』と感嘆の声を上げただけである」


高許月さんをはじめパイワン族の人が日本語で「悲しい」という時、「懐かしい」という意味はありません。インタビューの中で、高許月さんは長兄が南方戦線で戦死し、遺骨が家に戻らなかったことを語り、その際日本語で「死んだとき悲しいでしょ」、「悲しい、仕方ない、運命悪い」と語っています。このことからも、高許月さんの日本語の「悲しい」が「懐かしい」という意味でないことは明らかです。


高許月さんは、ロンドンで撮影された父親の写真を見て、日本語で「悲しい」と言った後、パイワン語で「イーパラクジャバロン」と言っています。このパイワン語には、「悲しい」という意味と「懐かしい」という二つの意味がありますが、番組ではこのパイワン語を含む高許月さんの話を、日本語字幕で「悲しいね。この出来事の重さを語りきれないよ」と表示し、それに続いて、通訳が「話しきれないそうだ。悲しいね。この話の重さね、話しきれないそうだ。言いきれない」と現場で日本語に翻訳した言葉をそのまま伝えています。


(3)「NHKは現場で通訳から、日本語の『悲しい』は『懐かしい』という意味であることを聞きながら、意図的にパイワン語に『悲しい』という誤った翻訳をした」


一部メディアによれば、通訳の男性が、「高許月さんの言う日本語の『悲しい』は、『懐かしい』という意味だとNHKスタッフに現場で説明した」と語ったとされていますが、そうした事実は一切ありません。仮に、「懐かしい」ということであれば、「話しきれないそうだ。懐かしいね。この話の重さね、話しきれないそうだ。言いきれない」となり、意味の通らない会話になります。


(4)「隣に住む男性の声を、兄・許進貴さんの発言のように使用した。これは『やらせ取材』以外の何物でもない」


「隣に住む男性」とされているのは、通訳のことです。許進貴さん、高許月さんの親戚にあたります。男性は、「話しきれないそうだ。悲しいね。この話の重さね、話しきれないそうだ。言いきれない」と日本語で語っています。その言葉の内容からも、また高許月さんのパイワン語のすぐ後に続く発言であることからも、高許月さんのパイワン語の翻訳であることは明らかです。



以上、6月17日付けで公開した「説明」に加えて、「人間動物園」と、「パイワン族の方々への取材」について説明いたしました。なにとぞ、ご理解いただきますようお願い申し上げます。
なお、「説明」を公開した6月17日以降に、「台湾・友愛グループ」など台湾の方たちから、抗議の文書を受け取りました。こうした方々にも、誠意をもって説明し、ご理解を得たいと考えています。

――― ここまで ―――

*1:Wikipediaへのリンクはこちらで追加しています。