本当に仙谷由人官房長官は「戦後補償に前向き」なのか

(7/10 14:45 このエントリは後から少し追記修正をしました。)


7/7 官房長官、戦後補償に前向き 日韓基本条約は無視 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100707/plc1007072049009-n1.htm
仙谷由人(せんごく よしと)氏の発言は、わかりやすいよう太字にしてあります。)

 仙谷由人官房長官は7日の記者会見で、1965(昭和40)年締結の日韓基本条約で韓国政府が日本の植民地をめぐる個人補償の請求権を放棄したことについて「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。(日韓関係の)改善方向に向けて政治的な方針を作り、判断をしなければいけないという案件もあるのではないかという話もある」と述べ、政府として新たに個人補償を検討していく考えを示した。


 仙谷氏はまた、日韓基本条約を締結した当時の韓国が朴正煕大統領の軍政下にあったことを指摘し、「韓国国内の事柄としてわれわれは一切知らんということが言えるのかどうなのか」と強調。具体的に取り組む課題に関しては「メニューは相当数ある」として、在韓被爆者問題や、戦時中に旧日本軍人・軍属だった韓国出身者らの遺骨返還問題などを挙げた。

 これに先立ち、仙谷氏は東京・有楽町の日本外国特派員協会で講演し、日韓、日中間の戦後処理問題について問われた際に「1つずつ、あるいは全体的にも、改めてどこかで決着というか日本のポジションを明らかにすべきと思う」と発言した。ただ、「この問題は原理的に正しすぎれば、かえって逆の政治バネが働く。もう少し成熟しなければいけない。大胆な提起ができる状況にはないと私は判断している」とも述べ、幅広い国民的合意が必要だとの認識も示した。
(以下略)


仙谷由人官房長官からこのような発言があったそうです。で、この発言に対して、はてブを眺めてみると、仙谷由人氏は日韓の条約を破棄するようなことは何も言ってないのに、勝手に「国際条約を反故にしている」「条約を破棄している」「売国奴」と、産経の捏造タイトル「日韓基本条約は無視」に見事に釣られ、吹き上がってる人が多すぎ。

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仙谷氏の「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。(日韓関係の)改善方向に向けて政治的な方針を作り、判断をしなければいけないという案件もあるのではないかという話もある」という発言のなかにある「政治的な」というのは、

わたしのように戦後補償の解決や和解を望む立場から好意的にみれば、韓国併合100年目にあたる年に、法的には無理でも「道義的責任」としての追加措置(補償)を模索していきたい、という踏み込んだ発言?という解釈も可能かと思ったのですが、どうもそう判断するには早いような気がしてきました。


というのも、仙谷氏が具体的に取り組んでいきたいと名前をあげている案件で、現時点でわかっているものは、

  • (1)戦時中に旧日本軍人・軍属だった韓国出身者らの遺骨返還問題
  • (2)在韓被爆者問題

の2つになります。


(1)「戦時中に旧日本軍人・軍属だった韓国出身者らの遺骨返還問題」については、これまでの自公政権で行われてきたことです

朝鮮人遺骨問題 とは - コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E9%81%BA%E9%AA%A8%E5%95%8F%E9%A1%8C
 2004年11月、韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(当時)は、日本の植民地支配下での強制動員の被害を調べる「日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会」を設置。同年12月の日韓首脳会談をきっかけに日本政府が呼びかけ、厚生労働省によると2643人分の身元情報が集まり、約750人分の情報を韓国政府に提供した。日韓政府の共同調査を19回実施し、日本で死亡した朝鮮半島出身者の寺院の過去帳や遺骨を調べた。だが記録の散逸が目立ち、遺骨返還は難航している。


2010年5月19日 元軍人・軍属219人の遺骨返還 日本政府が韓国に - asahi.com朝日新聞社
http://www.asahi.com/national/update/0519/TKY201005180536.html
 第2次大戦中、朝鮮半島から旧日本軍に徴用された元軍人・軍属219人分の遺骨を返還する厚生労働省主催の「還送遺骨追悼式」が18日、保管先の東京都目黒区の祐天寺で開かれ、岡田克也外相と権哲賢(クォン・チョルヒョン)・駐日韓国大使ら日韓政府関係者や遺族9人が出席した。


(2)「在韓被爆者問題」にしても、2007年11月、最高裁での在外被爆者を同法適用外とした旧厚生省通達を違法とした判決を受けてのことです。

在韓被爆者訴訟:長崎で和解 国と原告427人 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100706k0000m040047000c.html
 国外にいることを理由に被爆者援護法に基づく健康管理手当を打ち切られた在韓被爆者が国に慰謝料を求めた長崎地裁(須田啓之裁判長)の集団訴訟は5日、国が1人当たり慰謝料など110万円を支払うことで原告427人と和解した。これで長崎訴訟は、提訴前や訴訟中に亡くなった3人を除く原告853人全員が和解した。

 在外被爆者を同法適用外とした旧厚生省通達を違法とした07年11月の最高裁判決を受け、外国に住む被爆者が08年以降、1人当たり120万円の慰謝料などを求め長崎、広島、大阪の各地裁に提訴していた。


このように、仙谷氏の発言は、(現時点では)これまでの自公政権の方針とほぼ変わりのないものになっています。これは、民主党政権では日韓の条約を踏まえ従来通りの「政治的な」解決をしていきます、程度の発言なのかもしれません。「もう少し成熟しなければいけない。大胆な提起ができる状況にはないと私は判断している」とも発言していますし。


とはいえ、仙谷氏の「改善方向に向けて政治的な方針を作り」「改めてどこかで決着」していきたいという一応の発言には、これまで戦後補償の問題に後ろ向き過ぎた自民党政権時に比べれば評価できることではないかと考えます。もちろんこのようなぬるい姿勢には、法的責任を認めるべき、という立場からの批判はありうると思います。それに、これまでの民主党政権を見てきた限りでは、
戦後補償に前向き

なあなあ

ご破算
という展開になりそうな感じは否めませんが…。


ところで、こうした戦後補償の問題が持ちあがると、必ずこのようなステレオタイプなことを言う人が現れます。

日韓条約について(多分)何でも答えるよ:ハムスター速報
http://hamusoku.com/archives/3364935.html
韓国から謝罪と賠償を要求されたら「日韓条約で解決済み」
と言っておけばおk


あなた何言っちゃってるの?という感じです。こうやって国際法や条約を振りかざして、いま起きている問題が解決できるのでしょうか。できませんよね。いま問題になっていることは、法や条約の下で、これまで見捨てられ排除されてきた被害者の苦痛をどう救済していくかということなわけです。国際法も万能ではないのです。原爆投下だって国際法上は問題なかった時代もあったわけですから。


戦後の差別的な補償のあり方というのはなにも朝鮮人の問題だけでなく、日本人も同じなわけですよ。シベリア抑留問題*1にしたって東京大空襲の被災者や山西省日本軍残留や中国残留孤児の問題にしたって、政府はこれまで戦後処理は終わったものとし、特段の擁護も補償もしないで放置してきたわけです。


例えば国の法的な賠償責任を否定した東京大空襲訴訟では、国は、「戦争被害ないし戦争損害は、国民はひとしく受忍しなければならない」との1987年の最高裁第二小法廷判決(「戦争被害受忍論」)を引用し、原告らの主張についての事実認否を行わず事実関係に関する証拠調べも一切不要であるとし書面審理のみでの早期の棄却を主張しています。*2


このように国(政府)が責任を引き受けないために、高齢化する被害者の傷はいまなお再生産され続けているのが現状です。わたしに出来ることはといえば、国へ補償や謝罪を求める被害者の声を抑圧する側が「売国奴」「反日」「ゴネ得」などと罵る言葉を浴びせたときに、こうして反対の立場に立って可能な限り反論していくことだ。ということになります。


なぜそうした立場に立つのかといえば、被害者を抑圧する側へ加担することを拒否すると同時に、それはつまり、これから先、仮に自分が戦争に巻き込まれ被害を受けた場合、国がなんら補償をしないことを容認したことになってしまうからです。


おまけ:小ネタ。
この件さっそく、産経新聞アジテーター阿比留瑠比記者が日ごろ手なずけたネット保守層のハートをつかもうと針小棒大な煽り記事を書いています(^^;)

7/8 官房長官、見え始めた「超リベラル」 戦後補償の狙いは慰安婦賠償か(1/3ページ) - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100708/plc1007082306011-n1.htm

*1:シベリア特措法が成立 元抑留者に給付金、対象7万人:http://megalodon.jp/2010-0709-1523-28/www.asahi.com/politics/update/0616/TKY201006160380.html「第2次世界大戦直後に旧ソ連によってシベリアやモンゴルに抑留され、強制的に働かされた元日本兵らに特別給付金を支給する「戦後強制抑留者特別措置法(シベリア特措法)」が16日、衆院本会議で可決、成立した(2010年6月16日asahi.com)」

*2:pdfファイル:http://www.anti-bombing.net/img/pdf/ikennakayama.pdf